登場人物
- 物知り博士: 農業や経済に詳しい博士。
- ユウキくん: 好奇心旺盛な中学生。
ユウキ:「博士、この前テレビで見たんだけど、日本のお米ってすごく美味しいのに、農家さんは大変なんだって。どうしてなの?もっとたくさん作って、外国にどんどん売れば、農家さんも儲かるし、いいことずくめじゃない?」
博士:「良い質問だね、ユウキくん。確かに、日本の美味しいお米を世界中の人に食べてもらえたら素晴らしいことだ。でも、実はそう簡単にはいかない、いくつかの大きな壁があるんだよ。」
ユウキ:「壁?どんな壁?」
博士:「まず、日本の農業が抱える歴史的な背景から話そうか。昔、日本ではお米がたくさん作られすぎて、逆に余ってしまう『米余り』という時代があったんだ。お米が余ると、値段がどんどん下がって農家さんが困ってしまう。だから国は、お米を作りすぎないように生産量を調整する『減反政策』というのを長く続けてきたんだよ。」
ユウキ:「へぇ、作りすぎないようにしてたんだ。それでどうなったの?」
博士:「その政策のおかげで、お米の値段は安定したんだけど、その結果、日本の米の値段は外国産に比べてすごく高くなった。ここが一番のポイントなんだ。」
ユウキ:「値段が高い!そこが重要なんだね。でも、なんでそんなに高いの?」
博士:「それはね、日本でお米を作るのにかかるお金(生産コスト)が、海外に比べて桁違いに高いからなんだ。例えば、農林水産省の調査によると、日本でお米を60kg作るのに、平均で約1万5000円もかかる。これは、農機具代や肥料代、人件費など全部含んだ値段だよ。」
ユウキ:「1万5000円かぁ…。高いのか安いのか、いまいちピンとこないな。」
博士:「じゃあ、こう考えてみよう。タイやベトナムといったお米の輸出国では、なんとお米を60kgあたり数千円で『売っている』んだ。つまり、日本が作るのにかかるお金は、彼らが売っている値段の何倍も高いということになる。これは、日本で1万5000円かけて作ったゲームソフトを、海外では3000円で売っているようなものなんだ。これじゃあ、値段の競争では勝てないよね。」
ユウキ:「うわっ、それは無理だ!なんでそんなにコストが違うの?」
博士:「日本の田んぼは、アメリカやオーストラリアみたいに広大な平野ばかりじゃない。山の斜面にある小さな棚田も多くて、大きな機械が入りにくいんだ。それに、人件費や土地代も高い。こうした理由が重なって、どうしても生産コストが高くなってしまうんだよ。」
ユウキ:「なるほど…。じゃあ、国がお金を出して、安くして輸出すればいいんじゃない?不作の時は、輸出しなければ備蓄していなくても良いし!」
博士:「ユウキくん、鋭いね!実は、そういう考え方もあるんだ。だけど、残念ながら、これも3つの大きな問題があって、実現はほぼ不可能なんだ。」
ユウキ:「3つも問題が?」
博士:「一つ目は『規模が違いすぎる』こと。日本が災害などの『いざ』という時のために蓄えているお米(備蓄米)は約100万トンある。これを輸出で代わりをさせようとすると、今の輸出量(約4万トン)を25倍以上にしないといけない。君のクラスの人数を、明日からいきなり1000人にしなさい、と言われるようなもので、とても現実的じゃない。」
ユウキ:「25倍!それはすごい…。」
博士:「二つ目は『国際ルール違反』になること。国がお金を出して商品を不当に安く売ることを『ダンピング輸出』と言って、世界の貿易ルール(WTO協定)で禁止されているんだ。もし日本がこれをやったら、アメリカなどから『ルール違反だ!』と怒られて、日本が得意な自動車やゲーム機にものすごく高い税金をかけられる『仕返し』をされる可能性がある。そうなったら、日本経済全体が大打撃を受けてしまう。」
ユウキ:「そんなルールがあるんだ。知らなかった。」
博士:「三つ目は『リスクが高すぎる』こと。世界の食料価格は、天候不順などで大きく変動する。備蓄をやめてしまって、もし世界的な大不作でお米の値段が何倍にも跳ね上がったら、日本は海外に輸出した分を、ものすごく高い値段で買い戻さないといけなくなるかもしれない。国民の命綱である食料を、そんな不安定なギャンブルに任せるわけにはいかないんだ。」
ユウキ:「そっか…。じゃあ、日本の米農家はどうすればいいの?なんだか八方ふさがりじゃない?」
博士:「いや、未来はあるよ。もっと現実的で賢い方法として、一つは、補助金の出し方を変えて、やる気のある農家がもっと効率的に大規模な農業ができるように応援すること。二つ目は、世界的な大不作に対応するために備蓄は続けるけど、もっと効率的に、本当に必要な分だけにする『スマート備蓄』にすること。そして三つ目は、輸出は量を追いかけるのではなく、日本の高品質なお米を『ブランド品』として、本当に価値を分かってくれる海外の富裕層などに買ってもらう戦略に集中することだ 。」
ユウキ:「なるほど!量より質で勝負するんだね。」
博士:「その通り。そしてね、日本の田んぼには、お米を作るという『産業としての競争力』の面だけでは測れない、もう一つとても大切な役割があるんだ。」
ユウキ:「もう一つの役割?」
博士:「うん。それは『国土を守る』という役割だ。田んぼは、大雨が降った時に水を一時的に貯めて、下流の町が洪水になるのを防いでくれる『緑のダム』のような働きをする。それに、たくさんの生き物のすみかにもなっているし、僕たちが見てホッとする美しい田園風景も作ってくれている。これらは、お金には換えられない価値、つまり『公共性』なんだ。」
ユウキ:「すごい!田んぼって、ただお米を作っているだけじゃなかったんだ!」
博士:「そうなんだよ。だから、これからの日本の農業を考えるときは、効率や競争力だけを追求するのではなく、この『国土を守る』という大切な役割も忘れてはいけない。この二つのバランスをどう取っていくかが、僕たちに課せられた大きな宿題なんだ。」
ユウキ:「博士、ありがとう!なんだか、毎日食べているご飯が、もっと大事なものに思えてきたよ。」
博士:「そう思ってくれたなら、嬉しいよ。さあ、美味しいお米が炊けた頃だ。一緒に食べようじゃないか。」